先日、父とお別れをしてきました。
69歳。あまりにも早い別れでしたが、
最後はしっかりとお別れをしました。
私の家族は5人家族で
姉・弟がいるのですが
両親夫婦以外は全員独身(!)で
バラバラに住んでます。
姉は丸の内の外資投資バンクに勤めており
弟は北海道にある大学病院のドクター。
二人ともヒマ人な私と違って超絶忙しく
緊急時にすぐに飛んでこられないのですが
この日ばかりは奇跡的に偶然が続き
父の容体が急変した日と
弟の東京での学会日時と
姉の休みが重なって
お正月ぶりに家族全員集まれるタイミングで
父は旅立ってゆきました。
この日は本当に
いろんな偶然が重なり
不思議な事が沢山起こっていて
私は無宗教ですが
神様の思し召しって
本当にあるのだろうなと、思いました。
弟の学会も
本来は秋に行われるはずのものが
台風で延期された事で
奇跡的に今回の日付に変わったんです。
台風も学会も、1日でもズレていたら
北海道からは間に合わなかったはず。
それから。
父はガンだったので
抗がん剤の副作用により
普段はお気に入りの帽子を
愛用してたのですが
父が旅立った翌日、
急にその帽子が行方不明になり
帽子は父が一緒に天国にいける様にと
母親が血眼で探してたのですが
火葬前夜に、「母の夢の中」に父が現れて
「帽子はお寺に預けたから探すな」
と、言いにきたそうです。
当然、実際はそんなことはなく
火葬が終わって自宅に帰ってきたら
運転してた弟が
「塀になんかある!」と叫び
助手席にいた私が慌てて出てみると
自宅の駐車場の塀に
ふわりと置いてある黒いモノが・・・。
そこには、父の帽子がありました。
落としたのか誰かが拾ってくれたのか
謎なんですが
本当にあり得ないというか
信じられないというか
だってそれまでも
駐車場や車の中はくまなく
探してたし
火葬当日、出かけるときに
駐車場の塀にあったら
その帽子の存在に
気づかない訳ありません。
考えれば考えるほどに
不思議な話なんですが
おそらく疲弊しきった母に対して、父が
「もう天国では必要ないから探すなよ」
と、労ってくれ
そして、
「ずっと行方不明なのも気がかりだろう」
と、全てが終わったタイミングで
そっと父なりの「お疲れ様」を
言いにきてくれたのだろうと。
本当に、不思議だね、
という話を
家族でしていました。

そんなこんなで
今、私はずっと実家にいるのですが
事が事なだけに
流石に普段むちゃくちゃ忙しい姉も弟も
数日、お休みをとって
皆でゆっくりしています。
でも、姉は普段であれば
昼夜関わらずインドやらドバイやらと
国際会議をしていたり
弟は麻酔科医として
毎日生死と向き合いながら
寝ず食わずで働いているので
この数日が終われば
二人とも当然、それぞれの拠点へ
戻りますが
私は、このまましばらくは
実家にいるつもりです。
必需品はPC1台だけですし
ヨガの仕事もありますが
長めにお休みをとらせていただきました。
フリーの仕事は持ちつ持たれつな所もあるので
普段仕事仲間としっかり関係性を作っていれば
代行対応は問題なく出来ましたし
コンサルも何本かはいってましたが
オンラインなら場所関係なくできるので
早めに対応した方がいいな、と思う案件以外は
時間調整をさせていただきながら
ストレスや焦りもなく
対応する事ができました。
本当に、私が今の仕事のスタイルを選んだ理由って
こーゆー事だなと思ってます。
大事な人と一緒に過ごすため。
大切な何かを最も優先させるため。
私の中でネットビジネスの存在意義って
もうこれだけだと思ってます。
家族との時間を大事にする
追求し続けたい夢を大事にする
明日の商談や同僚の負担を気にせず
目の前の大切な人との時間を
最優先に思える事。
父は朦朧とした意識の中、
冷たくなった手で
それでもしっかりと
私の手を握りながら
こう言いました。
「ワラジを何足履こうと
その一足を大事になさい」
と。
私はこれからも
どれだけ色んな仕事をしようと
色んな方との関係が増えようと
その一つ一つを大切にするためなら
いくらでも、何だって
してやろうと思います。
それが、私の生き方だし
父も最後に
「無茶する女は優しい男に愛されるからな」と
穏やかに圧力をかけてくれたので笑
これからも、無茶をするのだろうと思います。
大事なことや
大事な人のためなら
なんだって出来る。
時間的な制約
場所的な拘束
人間関係的なストレス
こういったものに縛られず
自分の生きがいだったり
大切なものを最優先にさせるために。
これからも、自分のビジネスを
自由に、
そして、理念からブレずに真っ直ぐと
進めていこうと思います。
では、また。
p.s.
さっき手帳を見てびっくりしたのですが
もう気づけば再来週は新年ですね。
2018年もあと少し。
今年はどんな年だったでしょうか。
私自身は、とても人に恵まれた年だったと
思っています。
たくさんの人に出会って、
仕事をして、遊んで、
食べて、旅をして、ヨガをして、
いっぱい泣いたし
いっぱい笑いました。
2019年も笑顔で
いっぱいな年にしたいと思います。
昨晩、弟も話してたのですが
生きてることは奇跡です。
この世は、奇跡で溢れてる。
だから、一つ一つの当たり前を
大事にしながら
今日を紡いでいきたいと思います。