MAIのプロフィール

Webマーケター/コンサルタント

NY留学、海外放浪を経て巨大出版社に勤務の後、独立。

フリーランスとして活動しながら、オン⇄オフラインの視点を行き来し
「好きを仕事に生きる」「PC1台でどこでも稼ぐ」両立の安定を計り、ゼロから起業。

ライフスタイルを自分らしく自由にクリエイトする「MAISTYLECREATE」を運営。

個人がゼロから起業する為のコンサルや、ブロガーへのアドバイス、アーティストやインストラクターへのコンサルも幅広く行なう。

趣味は読書と離島巡り。苦手なものは歩道橋。程よくベジタリアン。

MAIの現在の生活・仕事・収入やライフスタイル

MAIのプロフィールを訪問いただき、ありがとうございます。

私は現在、「自分だけの幸せを追求する人生を」というポリシーを軸に様々な仕事をさせていただいています。

あるときはブログ運営者、あるときはコンサルタント、あるときはダンサー、あるときはヨガ講師。

普段はヨガやダンスのレッスンや振付をしたり、私自身がパフォーマンスしたり、舞台やライブの企画制作や演出を手がけたり。

一方で、webマーケターとしてブログを運営したり、コンサルタントとしてブログ指導をしたり。芸術関係の方やインストラクターさん、整体院やイベント会社を経営されている方などにも幅広くコンサルもさせていただいています。

 

軽く、私のweb実績を紹介させていただきます。

私は2016年11月にゼロからブログをスタートさせ、翌月には月間30万PV、多い時は1日6万PV、月間60万PVに及ぶ人気サイトを構築させました。最初に月収10万円を達成したのは、2017年3月。

こちらはアドセンスと呼ばれる収益です。この時は他媒体から1万円近い売り上げがあったので、トータル計11万円ほど。

当時は「ひたすら10万円以上」を目指してたので、初めての大台突破に「やっとか・・!」という安堵感でいっぱい。と同時に、これで「家賃が浮く!」と思いましたし、次は生活費だー!と新たな目標が生まれました。

 

その目標を軸にさらに3ヶ月後、月収30万円達成。

アドセンスだけでは約25万円、同ブログから物販売上等で約6万円の収益がありました。媒体が多すぎて全て貼り付けるとごっちゃになるのでここでは割愛します。

30万円の大台を突破した時は「家賃どころか生活費も余裕で賄える!」と嬉しい気持ちの一方、「本当に出来るんだ」という安心感と「ブログで稼ぐ自信」がさらに強くついた感覚でした。

この月は日収4万円近くいった時もあったのですが、最初はビックリして何かの間違いか思いましたが、自分で設けた「家賃と生活費を賄える額を稼ぐ」という目標を大幅に達成できたことも、新たな自信につながりました。

 

また、その後もブログ収益は10万円以上は安定してキープし、9月には一つのブログで累計100万円達成(アドセンス収益のみは10月に達成)。

現在も週1回数時間作業する程度で、毎月10万〜20万円の半不労所得を得ています。

「毎月の生活費はブログが勝手に出してくれる」という状態が当たり前化してる状態はとてもありがたいですし、ネットビジネスやブログ運営を通じて得た人間関係や読者様との出会いや「ありがとう」は、日々の活力になっています。

 

ただ、私も最初から現在のライフスタイルを簡単に手に入れたわけでは勿論ありません。

私が現在のライフスタイルへ至るまで、そして至った経緯とは・・・それは今でこそ笑い話な、地獄の働きアリ時代へ遡ります。

ダンサー、ヨガインストラクター、アーティストの「夢」と「副業」

私がネットビジネスを本格的に始める1年前の2015年の秋。

当時勤めていたのは、丸の内にあるタワービルの40階。忙しい事で有名な某巨大出版社に従事しながら、さらにダンサー・ダンスインストラクターとしてWワークを行なっていました。

いわゆる「2枚目の名刺」ってやつですね。まぁそういう言い方をすれば聞こえはいいですが・・・

当時のキャパを5周くらいオーバーしてました。

 

都内にいるときは退社後も会社から呼び戻されたり、深夜に自宅でクレーム処理をする事もザラ。校了前は寝ず食わずの生活が続き、意識を失いかけて駅のホームから線路へ危うく落ちそうになった事もあります。

広告代理店業に加え、レッスンや振付の仕事。日帰りで地方リハに行ったり、直前まで残業してそのまま深夜フライトで海外公演へ強行突破したこともありました。

ただ幸いなことに個人の働き方に理解のある会社だったので、「やることやってりゃいいよ」という上司や同僚にも恵まれ、かなりフレキシブルに働かせてもらってました。

人間関係や仕事には恵まれていたからこそ、周りに迷惑をかけたくない。仕事がある限り誰よりも早く出社して誰よりも遅くまで残業しました。

24時間365日PCとスマホのチェック。自宅だろうと地方だろうと海外だろうとリハーサル休憩中だろうと、関係なく仕事してました。

 

しかしそんな日々を何年も続ければ、心身ともに限界が来るのは当然。

30代を過ぎて「転職するなら今が最後」というタイミングで、私は大手広告代理店勤務という安定の道をあっさり捨てます。

 

「お金はあるけど時間はない」生活は、もう限界。

私には「自分だけの人生を追求していきたい」という意思だけは、捨てられなかったんです。

安定と収入を捨てた元会社員ダンサーの葛藤と決断

大手企業会社員という肩書きをあっさりと捨て、30代でフリーランスの道へ進んだ私は、当然ながら周りの人たちから様々なご意見ご感想をいただきました。

「大丈夫?」「やっていけるの?」「保険はあるの?」「あんたの年じゃ後戻り出来ないけど後悔しない?」

 

それらの質問のすべて、頭では理解出来ます。

しかし、当の私は開放感でいっぱい。楽観的な性格の私は、心のどこかで「その考え方は時代遅れだよ」とすら思っていました。

大手企業に勤めていれば「一生安心」なんて時代はもはや歴史の教科書上の話。20年後には世の中の仕事の9割がAIに取って代わられるし、とも。

 

実は私があっさりと退職の道を選んだ最初のきっかけは、退職する4年半前、2011年3月11日の東日本大震災でした。

日本政府への疑問やマスコミ不信、さらに続く経済危機や世界情勢不安・・・「果たして自分が信じている世の中の常識というのは本当に正しいのだろうか」という一つの疑心暗鬼の様なものが生まれたのが始まりでした。

さらに会社員時代、父親の末期ガン宣告、母の交通事故、祖母の精神病院入院、姉の難病再発と、たて続けに家族が「病気のスーパーマーケット状態」になったこともありました。(私自身はここ10年大した病気は全くないのですが・・)

自分にとっての優先順位は「仕事」よりも「家族」。「今会社抜け出せなくて・・」というセリフはもう吐きたくありませんでした。

 

とはいえ、現実問題。

会社を退職した後、当然、収入は激減。退職金や雇用保険は会社員時代に稼ぎまくった税金へ消えていきました。

経済的、社会的な面でのリスクは分かっていたつもり。毎月給料が入らない恐怖心や、大手企業会社員という肩書きにおける信用性。

でも、それは思った以上の質量で私の身の上にのしかかってきました。

 

収入が減らない様に、フリーランスでガツガツ仕事をする事は出来るけど、体力面も心配。

それに「こなす」様な仕事の仕方はしたくない。さらには、自己成長のためのインプットは続けたい。

 

でもそんな悠長なこと言ってられないかも・・・。通帳の数字が寂しくなるにつれ、楽観的な私も、さすがに笑えなくなりました。

 

今は元気だけどもし怪我や病気をしたら。身動き取れなくなった時の保険は?考えたくもないけど、ありえない訳じゃない。

だからといってお金のために打算的なバイトや派遣パートで生計を立てる働き方は、建設的な生き方なのか。

 

そこで私は思いました。

人生における真の幸せはなんだろう?と。

 

女性が時代を問わず、年齢や環境、経済的な理由で何かを諦めることなく、本当に幸せな生き方、働き方はないのだろうか。

選択肢の影響力に惑わされず、やりたいことやノマド生活を得る。

人生には幾つかのターニングポイントがあります。

大学受験、就職、転職、結婚、教育、介護・・。特に女性には妊娠・出産という大きなライフイベントもあります。

 

年齢や環境、状況に左右されずに「やりたいこと」「自分だけの幸せ」を追求するライフスタイルを確立させるには。

結婚して子供がいて、お金も時間がなくて、独身でも年齢関係なく、経済的・精神的に自立するためにはどうすればいいのか。

 

そんなことを考えていた私が出会ったのが、ネットビジネスでした。

「自宅やカフェでどこでも」「PC一つで」「ノマド生活」

バリバリ働きながら秒で仕事をこなす会社員時代、私は密かにこんな言葉に憧れていました。

特に東日本大震災の時は、家族と一緒に過ごしたかったので「もう常に在宅で良くない?」と思っていました。

所詮仕事なんて全てデバイス内で完結する。いつ何が起きるか分からない状況下で、大切な人と離れ離れになってまで、仕事をする「環境」にこだわる必要なんてないのでは。

先進的な会社では既にアドレスフリーな働き方も実施されているんだから、それが個人で出来たら、結婚や出産、家族の仕事や病気、キャリアや経済面を理由に、何かを諦めたりしなくても済むのでは?と考え始めました。

 

そう思った私はとにかく情報を集め、ある一人のメンターに出会います。

彼はすでにメール1本で数千万円を稼ぐwebマーケティングのエキスパート。年齢も経歴も、私とは何一つ共通点がない方でしたが、「この人は信用できる!」と直感的に思い、速攻でメルマガに登録。

その後は教材を購入し、コンサルティングを受け、とにかく必死に作業を続けました。

 

当時はフリーランスの仕事に加えて、ヨガ学校にも通っていたので何足のわらじを履いてるのかよく分からない状態。それでも会社員時代と比べたら「時間や場所に縛られない」作業なんて、比になりません。

「とにかく結果を出したい!」その思いを一点に、仕事・勉強の合間にひたすら作業。

レッスンウェアやダンスシューズ、ヨガの教材の入ったビッグトートに、11インチのmac airと充電器、ポケットwifiをプラス。

毎日6kg以上の荷物を持って、学校と仕事の往復。合間時間は目に入ったカフェへシュッと滑り込み、ソイラテ片手にブログ更新。

ヨガ学校近くのスタバ店員さんには「ソイラテトール、マグですね^^」と顔を覚えられ、ヨガの勉強をしながら「これってブログに使えない?」とネタ需要を調べたり、ダンスレッスン後のクールダウンは開脚前屈しながらmacをカタカタ。

 

しかし、結果が出ない!月収3万円〜5万円代を推移するも、まだまだ家賃には遠い日々。

「コンビニでバイトした方が早くない・・・?」

何度もこんな不安が頭をよぎりますが、そんな不安を払拭するかの様に作業を続けました。

「これまで何人もの人がブログで稼いでる。私のメンターだってそうだ。彼らと同じ方法をやっているのだから、彼らに出来て私に出来ない訳がない。」

「どんなに歩みが遅くとも、コンサルの元は絶対に取る!」と目標を定め、それまでは絶対に作業を続けることを決めました。

 

目標額を決めたとなれば「さっさと結果を出してこんな忙しい日々から抜け出したい!」となりました。

まだ家賃代も稼げていないにも関わらず、「ブログで絶対まかなってやる!」と職場スタジオに自転車で行ける都心駅近に引っ越し、「起きてる時間は全部仕事か勉強」という状態へと自分を追い込みました。

不安になってる時間があるならひたすら作業する!脇目も振らずゴールへ走り続けるウサギの様に、寝食以外の時間は全て仕事、勉強、ブログ更新、メンターとのコンサルという生活を繰り返した結果、念願の月収10万円を達成。

 

その後は、前述した通り。

半分以下の作業量で月収30万円以上達成し、現在はほとんど更新せず毎月10万以上を余裕で生み出し、自分の好きなことだけを全力で楽しむ現在のライフスタイルに至っているのです。

ビジネスはライフスタイルを相乗させる最強のツール

例えば今の会社員生活が、アルバイト生活が、より自分らしいスタイルで実現することが出来たら。

満員電車にゆられることなく、自宅で、自分のPCで、自分のタイミングで。

上司の機嫌伺いや社内政治、無駄な会議や遠回しな稟議提出は無縁。

どれだけチームや部署に貢献しても変わらない固定給と違い、頑張れば頑張った分だけ報酬に還元される。

交通費はゼロ、好きでもないコンサバファッションやスーツの費用も必要もなし。

ストレッチをしながらでもいいし、コーヒーは飲み放題。疲れたら甘いものを食べたり昼寝休憩を挟んだり。逆に集中タイムになったら寝食忘れて作業に没頭したり。

くだらないおしゃべりで仕事を邪魔してくる同僚はいないし、セクハラやパワハラ、満員電車の憂鬱もなし。

株やFXの様に、ファンダメンタル面におけるネガティブリスクもありません。

 

幸運にも自分の「好き」を仕事にしていても、その収入が不安定だったり

目指すべき目標の為に一定期間インプットの時間を取りたい、でも収入が途絶えるからそれが出来なかったり。

あるいは時間や場所や経済面を気にせず、好きな事だけをやりたい、追求したい事がある!というケースだったり。

大切な人や家族と離れずに仕事をしたい、というケースだったり。

 

私は、こういう人達こそ、人生を輝かせるための「手段」の一つとして、ネットビジネスの恩恵を最大限に利用するべきだと思っています。

 

私の場合は、それが「自分だけの幸せを追求する人生を」をモットーに活動を続けていく事。

表現や教育に携われる自分の人生を追求し、昇華させていく事。

ここに捧げられる情熱が、全ての原動力となっています。

 

そして、こうした情熱と自信を取り戻し、自力で新しい世界を開拓していくエネルギーを循環できるようになったのも、純粋に今のライフスタイルの効力です。

毎月の経済的不安の一切を払拭する経済力だけでなく、ライフスタイルをポジティブに循環させていくもの、それが今の私の毎日。

 

なぜか?

それは一過性の場当たり的な金儲けではなく、

ビジネスの基本から学ぶ事で、「PC1台で人生をクリエイトしていく」思考力が、ナチュラルに身についてくるからです。

 

私がこの生きがいを手にしたように、多くの人がこの自信を手に入れていくべきだ。

夢を諦める前に、自力で新たな世界を切り開く力を身につける人が一人でも増える事で、エネルギーがどんどん発電されていく。

社会というのはそうやって少しずつ変容していくものですよね。

 

自分の足で一歩一歩、より輝き続ける人生を一人でも多くの方に。これこそが、私の使命であり、自己実現として現在追求している表現手段です。

 

是非、あなたも新たなる一歩を踏み出して、自分だけの世界を切り開いていってください。